【学級崩壊】クラスを崩壊させた担任あるある

学級崩壊には、一定の「崩壊過程」があります。一気に崩れていく...というより、少しずつ少しずつ、ゆっくりと時間をかけて事態が進行していく感じです。

そして、気がついた時には、誰が見ても「崩壊」状態になっています。

今回は、その「崩壊過程」をまとめました。

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気がつくと、上手くいかなくなっている

後で思い返すと「あの時から、世界が変わってしまった...」と悔やまれることって、ありますよね?何かが上手く行かなくなってしまった時は、特に。

学級崩壊を経験した教員も、恐らくそんな気持ちです。

気がついた時には、なぜか手遅れになっているんです。気がついた時には。

 

理由は様々だと思います。

・自分の指導が子供たちの実態に合っていなかった。

・子供たちの状況が、落ち着いて学習できるものでは無かった。

・保護者との関係づくりが、上手くいかなかった。

などなどです。

 

それでも、何とかしようと思って、もがきにもがいているうちに、どうしようもなくなってしまいます。

とにかく、気がついたときには、何かが上手くいかなくなっています。

力づくの指導に偏る

「自分の指導が上手くいっていないな」

そう感じた先生が行い始めるのは「力づくの指導」です。

 

教員と子供との関係は平等ではありません。『教員>子供』の関係があるから、指導が成り立ちます。

その関係を「焦った教員」は利用します。自分の言う事を無理にでも聞かせようと、

・恫喝するかのように話す。

・子供のミスに怒鳴る。

・「早く!」「だまって!」などと言う言葉を使い、一定の行動を強制する。

 

始めはいいのかもしれません。焦った教員も、自分の力が通用していることに満足します。しかし、徐々に子供が力づくの教員に「慣れて」しまします。

慣れてしまった子供たちに、怖いものはありません。誰かが教員の指示に従わなかったことをきっかけとして、一気に崩れます。まるで、ダムが決壊するかのように。

流れを止めることはできません。もはや、どのような力をかけても。

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やる気が無くなる

「教員>子供」の関係でこそ、指導は成り立ちます。つまり、教員は自分の仕事ができます。

 

しかし、ダムが決壊することで、

「教員=子供」あるいは「教員<子供」になってしまいます。子供たちの頭の中での、力関係が。

そうなると、やりたい放題です。誰が見ても「学級崩壊」状態の完成です。

 

教員は、何とか「教員>子供」に戻そうとします。しかし、もう「力づく」は通用しません。今更優しくしようとしても、泣き落としにかかろうとしても、そもそも子供たちが聞く耳をもちません。

「目の前の嫌な大人が、優しくしたり、泣いたりしているけど、自分たちには関係ないや」

そんな感じです。

 

ここまで来ると、教員のやる気は全て失われます。だって、何をしても無駄なのですから。

早く時間が経過することだけを願う

あとは、時が過ぎるのを待つだけです。

だって、何か行動しても事態は動きませんし、疲れるだけです。もうやる気もありませんので、教室に行って、ただ目の前で繰り広げられる惨状を見ているだけです。

授業もやる気がありません。全て自習になります。

こうして、「学級崩壊」と「崩壊させた担任」が完成します。

まとめ

クラスを崩壊させた担任あるある

1 気がつくと上手くいかなくなっている

2 力づくの指導に頼る

3 やる気がなくなる

4 時が過ぎることだけを願う

最後まで行ってしまうと最悪ですが、実際に崩壊状態になると「早く終わらないかな...」と本当に時が経つのを毎日願うようになります。

本当は、そうなる前に対応できるといいのですが、事態は気がつくと悪化しているのが、この世界です。

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ABOUTこの記事をかいた人

おーかど

元教職歴7年です。 教員時代は1年生から6年生の学級担任と特別支援教室の担任の経験をしました。子供達曰く「楽しくて恐ろしい?先生」だそうです。色々、叱り過ぎたかなぁ・・・。 妻と娘との3人暮らしです。 箱から出しまくったティッシュを静かに戻したり、散乱したおもちゃをけなげに片付けたり、腕を引っ張られてもだまって付いていったり、と、娘の育児に奮闘するイクメン・・・のつもりです。いや、ママには勝てません! 趣味は、サイクリングに読書に登山にスノーボードに、と目新しいものに片っ端から手を出しています。